知覧(ちらん)という街
知っていますか
ほとんどの方は知らないでしょう
知覧は今では鹿児島のお茶の名産地です
しかしもう一つの顔があるのです
今から70年前第二次大戦中
特攻隊の出撃基地だったのです
今でもよく戦争を語る映画やドラマがあります
でも知覧にある特攻記念館
ここに足を運ぶとそのリアルさに
もう言葉も出なくなります
私も何度もここに足を運びました
もしも自分もこの時代に生まれていたら
いつもそう思います
そこでは今でもあのころが
鮮明に残されているのです
そしてもう一つ
薩摩富士と言われる
美しい山があります
これも知覧から近く
その名を開聞岳(かいもんだけ)
というのです
以前私はそのきれいな山を見て
きれいな山だな、と普通に思っていました
しかしある事実を知ってから
イメージが変わったのです
開聞岳は富士山のように山が一個だけ
ポツンとあるのですが
それが特攻隊が出撃のときに
目印にして飛行し
隊員は何度も何度も山を振り返り
見えなくなるまで手を振ったと
この山の話を知って
いろんなことを感じました
こんにちは
越谷のツボ職人 北村(鹿児島出身)です
今日は 知覧のことを思い出した について
現代の生活は大変です
ストレスは多く
とかく神経がすり減っていきます
しかしたまに思い出すのです
今の生活は彼ら戦争の犠牲者が
あってこそあるものであること
あの時代の負の遺産は今でも
日本に重くのしかかっています
でも必死でこの日本を守ろうとした
あの時代の人々のことは
忘れることは出来ません
だからこそ
自分も恥ずかしくない生き方をせねば
と思うのです
私はなぜか戦時中のことに興味があり
本を読んだり映画を見たり
多くしてきました
でも一番心に残ったのは
知覧から飛び立った彼らのこと
どんな思いだったのか
何を感じていたのか
そして今の我々をどう思っているのか
と思います
あんな時代は二度と来ないでほしい
我々がいい時代を作らなくてはいけない
そのために自分ができることはないか
たとえどんなに小さくても
力になりたいと思います
せめて人生を謳歌して
生き切りたいと思います
ちょっとしたつまずきくらいで
めげている場合ではないですね
こんないい時代に生まれたのですから
人生を楽しまなくちゃ
何もかも恵まれすぎて
そのことを忘れてしまうのです
もしもチャンスが有れば
鹿児島の知覧
特攻博物館に行ってみて下さい
感じることがいっぱいあります
くわしくはげんきくんまで